へんな匂いの花
リリ子さま。高校時代の春名の手紙の冒頭は、いつもその呼びかけで始まっていた。
リリ子さま。昨日帰り道に、きれいな花が咲いていたの。それで、腕いっぱいにつんで、家に帰ってから大きなガラスの花瓶にさして、一夜明けたら、部屋じゅうがものすごくくさかったの。あのね、なんと、つんできた花が、ものすごくへんな匂いの花だったのよ。いっけんマーガレットみたいなデイジーみたいな、白くて可憐な花なのに、まあそのくさいことくさいこと。春名より。
子どものころ、隣家の生垣の根もとに咲いていた、
白いハナニラをつんで、手がくさくなったことを
思い出した。
わたしはこんな手紙を、たぶん書いたことがない。
もっと自意識過剰で、どんなふうに書けば相手が
よろこぶかをわかっていた。いやらしーい子どもだ。
おとなになった今のほうが、もう少し力をぬいて
書けると思う。
手紙だとふうとう&びんせんのひらひらした感じに
ちょっと気負ってしまうので、葉書がいい。
どこに行ってもポストカードを買う。
店先で配っている展覧会の案内などの、きれいな
カードもいただいて、ちょっとしたメッセージに
使ったりする。
それはたぶん話せば済むことだ。
でも書く。なんでもない今日のことを。
書きながら自分がどれだけ相手を信じているかを知る。
自分がどれだけ相手に信じてもらいたいか、も。
- 作者: 川上弘美
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